忘れると言う事

 「この前便利なアプリを見つけてさぁ~。これなんだけどさぁ~。」

と言いながらA君がスマートフォンを見せてきた。何を言っているんだコイツは。それは先週A君の家を訪れた時に僕がA君に教えたアプリだぞ。「すげぇ。便利ー。」って言ってたじゃないか。

「知ってるよ。だってそれ俺が教えたやつじゃんか。」

と僕が言うと、

「え、そんな事ないヨー。前から使ってるヨー。」

と、何故カタコトなのか分からないけれど、純日本人の彼はそう言い張った。

 何故なのか。何故そうなるのか。A君が先週よりも前からそのアプリを使っていたとしたら、先週僕が勧めた時に「すげぇー。」とはならないだろうし、もし僕から勧められたのを忘れていただけだとしたら先週よりも前から使っていると言うのはおかしい。どっちにしろおかしい。と言うかどっちにしろ先週だぞ。何故だ。何故忘れるんだ。

 

 僕は他人から「何故そんな事まで覚えているのか??(気持ち悪い。怖い。女々しい。背が小さい。)」と言われるくらい日常生活を忘れる事が出来ない。だから何でも忘れてしまうA君の気持が良く分からない。かと言って本当に何でも覚えているかと言われれば、忘れている事は忘れているのだから忘れている事すら認識出来ない。哲学的になってややこしくなってしまったけれど、僕だってなんでも覚えている訳じゃないと言いたかった。飲み会で話した内容をそっくりそのまま忘れていてビックリした事もあった。後日、「この話この前の2次会で話したよね。」と友人から言われて、自分は飲んでも飲んでも記憶は無くさないと思っていたからショックだった。結局忘れている事は人から言われないと認識出来ない。

 

 でも、ものを覚えるとか忘れるとかって興味があるか無いかなんじゃないかなと思う。「何故そんな事まで覚えているのか??」って言われるのは大体友達との会話なんかで勉強の事になればあまり覚えてなかったりするし、コンドームの品揃えは覚えられるのに調味料の品揃えは覚えられない。自分の昨日の晩御飯のメニューは言えても一緒に食べに行った友達のメニュー言えない。人間だれでも興味のある事は覚えられるし、興味のないことは覚えられない。それでも試験前なんかは無限に記憶できたらいいのにと思うし、アンキパンがあったらなぁって思う。いつだって豊かな記憶力には憧れる。その一方で12月になると各地で忘年会があるみたいに辛かった事は忘れたい。人間は豊かな記憶力に憧れると同時に忘却に助けられて生きてきたのだ。

 

 もしかしたらA君は何事に対しても興味が薄いのかもしれないと思い、少し寂しい気もしながら本人にそう言うと、

「そうだね。だって昨日の晩御飯何食べたかも思い出せないもん。」

と言った。30分前に

「昨日の夜に食べに行ったラーメン屋が美味しくてさ。」

と言っていたA君がそう言った。流石に忘れすぎだろう。