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思い通りにならない事と(いつかの続き)

 

 昔からあぶれる事が多い。保育園の頃は真冬でも外で元気良く走り回る皆に馴染めず一人で絵ばかり描いていた。幼稚園の頃は僕だけ持っているポケモンシールの枚数が少なくて皆から相手にされず、一人でピカチュウの絵を量産していた。小学生に上がると今まで絵ばかり描いていたのが功を奏して女の子にモテた。今思えば初めてのモテキだったと思う。でも一瞬で終わった。皆足の速い奴の方が格好良い事に気が付いたんだろう。高校へ入学すると、新入生がある程度孤立しない様に同じ中学出身の生徒が固められてクラス編成された、様に見せかけて僕だけ一人同じ中学の生徒が居ないクラスに割り振られたりした。

 不幸自慢をしたい訳じゃない。イジメに遭ったりしたわけじゃないし、友達が居なかった訳では無い。むしろ少数精鋭の良い友達に囲まれている。色々あって高校を変わったりしたけど普通の学生生活を送ってきたつもりだ。だからとりわけ不幸だった訳ではない。

 

 先日、大学で来年度からの研究室配属会があった。文系学生で言う所のゼミ配属だ。僕は超人気研究室を避けた。超人気研究室の抽選からあぶれ続けた結果、嫌な研究室に行きたくなかったからだ。昔からあぶれる性分の僕は戦うことを放棄した。でも実際のところ、超人気研究室にはそんなに興味が無かったし、初めから僕の行きたい研究室は決まっていた。

 5/7の高確率で当たりを引く事の出来る抽選を勝ち抜いて僕は希望の研究室に行けた、かの様に見えた。

 僕の配属された研究室は教授同士の仲が悪く内部分裂していた。そしてあろう事か配属された五人全員が僕の行きたかった方の教授を選んだ。勿論そんな事は許されない。せめて一人だけでも誰も選ばなかった教授の方へ行かなければならなかった。

 1時間ほど五人で話し合った。僕はなるべくどうしたら良いか考え発言した。他の二人もそんな感じだった。もう一人は開始5分くらいからくじ引きで決めようと言っていて、後の一人は終始黙っていた。1時間話し合ったが決着はつかず最終的にくじくじ言っていた人の声が大きかった事もあって、くじ引きで左遷される人を決めることになった。4/5の確率、さっきよりも高確率で当たりを引く事の出来る抽選で僕は見事に1/5の確率のはずれくじを引いた。

 

 他人と比べて幸とか不幸とか言ってなんになる。そうは言ったけれどやっぱり希望の研究室に行けた人を見ていると羨ましいし、妬ましいと言う感情が抑えられない。

 

 世界には学校に通えない人が沢山居て、僕は学校に通っている。街には住む家がない人も居て、僕は好きなものに囲まれた部屋で羽布団に包まって寝る。世の中にはもっと不幸な人が沢山居る。そんな事は分かってる。でも皆、他人の癌よりもさっきタンスの角にぶつけた自分の小指の方が気になるだろう。他人が小さい事で悩んでいたら馬鹿だなって思うし、自分の悩みを他人が分かってくれないとクソヤロウと思うでしょう。そうでしょう。

 人はいつだって幸せを他人と比べる事で確認してしまう。いけない事だとはわかっていても、嫉妬をするし蔑んだり羨ましがったりする。

 勿論、「あの人も頑張っているから私も頑張ろう。」と言うのは良い事だし、そう考えると他人と比べることも悪いことばかりではないけれど、やっぱり僕は他人と比べるのは何だか違うんだよなと思ってしまう。

 

 他人と比べる事で楽になるのならそうすればいいけれど、僕はそうしたくない。与えられた環境で、与えられた研究室で僕は今日も生きていく。誰にも左右されないしっかりとした自分を持ちたいと思う。けれども他人に流されているか流されていないかを知る尺度もまた、他人と比べる事でしかないのだと気が付いて今日も悩む。

 

関東では春一番が吹きましたね。皆がもっと穏やかに過ごせると良いですね。